山羊座のもとに
UNDER CAPRICORN
イギリスの植民地オーストラリアでは罪人を送り込み開拓を進めていた。現地で裕福な生活をする変わり者のサム・フランスキー(ジョセフ・コットン)には精神を病む妻ヘンリエッタ(イングリッド・バーグマン)がいた。サムは妻の友人となる人を探していた。そこにヘンリエッタの昔馴染みのチャールズ(マイケル・ワインディング)がやってくる。ヘンリエッタを中心に三角関係が始まる。
| 鑑賞日:2025年11月 9日 |
| 映画館:シネマヴェーラ渋谷 |
シネマヴェーラ渋谷のイングリッド・バーグマン特集。ありがとう シネマヴェーラ! 嬉しい♥

ヒッチコック監督作品ですがヒッチコックらしくないなぁと思ってしまいました。そしていつも通りのヒッチコックのカメオ出演も私は確認できませんでした。群衆の中にいたのかな?
身分の違いからの許されぬ恋は逃避行に走り、妹を取り戻しに来たヘンリエッタの兄の死からサムは殺人犯になってしまいます。その様子はバーグマンに喋らせるだけでした。兄を殺した真犯人や、鼻持ちならないメイドのミリーなど状況が変わる場面がいくつかあったのですが、頭で理解しただけで、胸にドキドキと訴えるスリルやサスペンスはなかったです。
イギリスに帰ることで夫婦には試練が待ち受けているでしょうが、変人に見えたサムはヘンリエッタを深く愛していたし、なんとかなるでしょう。
山羊座の意味は分かりません。オーストラリアと関係あるのかな?

本作はカラーでした。バーグマンはアメリカではなくヨーロッパの顔だよなと今更ながら思いました。終始精神不安定だったバーグマンですが舞踏会に参加した時の美しさは格別で、舞踏会のゲストたちは一瞬にして魅了されていました。(恐らく映画館にいる人も)
大航海時代、新大陸を求めては植民地化していったヨーロッパ勢。日本が植民地にされなかったのはすごい事だったと思います。
山猫
Il gattopardo
シチリアにもイタリア統一運動の波が押し寄せていた。公爵夫人は革命だと泣いたがサリーナ公爵(バート・ランカスター)は甥のタンクレディ(アラン・ドロン)がガリバルディ軍に加わることを静かに見守った。
公爵の長女コンチェッタはタンクレディとの結婚を望んでいたが、タンクレディは街の名士ドン・カロージェロの娘アンジェリカ(クラウディア・カルディナーレ)に心奪われていた。公爵は向上心の高いタンクレディの婚約者には没落していく貴族よりも新体制に成功が約束される名士の娘であるべきだと周囲を諭す。
公爵の元へ使者がやってくる。新政府にて上院議員になるよう要請されるが公爵は断わってしまう。公爵は静かに老いと孤独を感じていた。
| 鑑賞日:1981年12月 6日 |
| 映画館:岩波ホール |
ルキノ・ヴィスコンティ監督作品。イタリア統一運動の最中の貴族の話。
ヴィスコンティがどんな人で、どんな作品を撮っていたのか全く知らず『太陽がいっぱい』で観たアラン・ドロンの美しさを再び確認したかっただけで前売り券まで買って鑑賞しました。今思うと、当時ヴィスコンティ・ブームのまっただ中でした。
【当時の鑑賞日記】
ステキでしたね。ドン・ファブリツィオ・サリーナの悲しみがよく出ていて。
いくらお金があっても老いと時の流れ、世の中の移り変わりはどうすることもできない。自分の子供が恋をするようになる。そしてその子供達へバトンタッチをする日を静かに待つことになる。
3時間は長かった。でも1,200円分は見ましたよ! もう一度見てもいいな。

当時の私がこの映画の内容をどれだけ理解できていたかわかりませんが、子供なりに理解出来た部分があったようで、当時の鑑賞日記に箇条書きにしています。
ヴィスコンティの予備知識がなかった分、絵画が動き出したかのような映像の美しさに圧倒されました。映像、演技とあらゆることに妥協を許さなかったというヴィスコンティ。スクリーンの隅々まで重厚で、貴族はこんな世界で生活してたのかと、ちょっとしたカルチャーショックでした。
映画のフライヤーは映画の一場面を切り取っただけなのにしっかり世界観を表し、完成度が高いです。当時私は高校生で硬質カードケースを下敷きがわりに使っていましたが、そのカードケースの中に長年このフライヤーを入れていました。
山猫
Il gattopardo
| 鑑賞日:1982年 2月28日 |
| 映画館:岩波ホール |
前回の鑑賞から約3ヶ月、もう一度観に行ったようです。
【当時の鑑賞日記】
前回より感動が大きかった。ファブリツィオさんの台詞の中でこんな内容のこと話してた。「これから立ち上がる国にとって共和国はいけない」その通りだと思う。本当に頭のいい人だよ。そうじゃないとなかなかあんな家を保ってられない。
潔く身を引く公爵に感動したようです。公爵の心の動きと終盤の舞踏会のシーンのコントラストがラストまでゆっくりと、そして印象的に続きます。
左はパンフレットの表紙。2回目の鑑賞でもパンフレットを買ったようで、同じ物が2部あります。岩波ホールで上映の映画のパンフレットにはシナリオが掲載されています。素晴らしいですね。
山猫
Il gattopardo
| 鑑賞日:1983年 5月 5日 |
| 映画館:文芸座 |
『夏の嵐』と2本立てで観ました。
【当時の鑑賞日記】
映画を5時間も見るとさすがに疲れる。『山猫』はこれで3回目だけど、まだ内容はつかみきれてない。また見たい。
山猫
Il gattopardo
| 鑑賞日:2006年11月 2日 |
| 映画館:テアトルタイムズスクエア |
本作はヴィスコンティ生誕100年祭として上映されていました。今回の上映につきパンフレットも販売されていて、当然のことながら岩波ホールのパンフレットとは違うものでした。


【当時の鑑賞メモ】
新宿のテアトルタイムズスクエアで上映されていたルキノ・ヴィスコンティ監督の「山猫」を見てきました。ヴィスコンティ生誕100年祭と称し「イノセント」「ルートヴィヒ」の3作品を上映していました。
私が初めて「山猫」を見たのは25年前。神保町の岩波ホールでした。どのシーンを切り取ってもルネサンスの絵のような美しい映像に心奪われたものでした。

当時私はお子様だったのでラストシーンで公爵が急に落ち込んでいったような印象を受けました。おばさんになり多少は人の心情が読めるようになったのでちょっぴり理解でき、公爵に同情してしまいました。後半の舞踏会のシーンは映像の美しさだけでなく、滅びゆく貴族社会と対照的な若く新しい力の描写が素晴らしいです!
ニーノ・ロータのこの映画のテーマ曲は私の鼻歌の1つです。
それにしてもアラン・ドロンのかっこいいこと! ハンサムでしなやかな細身のボディ。役柄といえエネルギッシュで情熱的。思春期の私がこの作品を何度も見たのにドロンにゾッコンにならなかったのには自分の事といえ驚きます。
ヴィスコンティ生誕100年祭は本作『山猫』『イノセント』『ルートヴィヒ』の3本。なぜ、どうして『イノセント』を見なかったのかっっっっっ! あんなに衝撃を受けた作品を大人になってから鑑賞するチャンスだったのにっっっっっ! バカな私。でもきっとまた鑑賞できるチャンスはやってくる! と信じる。
やわらかい手
Irina Palm
田舎町に暮らす平凡な主婦マギー(マリアンヌ・フェイスフル)は孫の医療費を稼ぐために風俗店で働く事に。店一番の売れっ子になるが息子にばれてしまい居場所を失ってしまう。そんなマギーを店のオーナー、ミキ(ミキ・マノイロヴィッチ)がいつも見つめていた。
| 鑑賞日:2007年12月18日 |
| 映画館:Bunkamura ル・シネマ |
マリアンヌ・フェイスフル主演作。マリアンヌはおばさんなのにとってもキュートでびっくりします。
行き場がなくなったと思った先に安住の地(!?)があったマギーさん。マギーは失ったものと入れ替わりに新しい幸せを手に入れます。しかし、おそらく彼女は何も失ってないはず。彼女は、そのしなやかな手で、欲しいものを掴んでいるのです。
マギーは自身で人を驚かすような突飛な行動をするにもかかわらず、人から手を差し伸べてもらえる魅力的な人。そこがマリアンヌ自身とオーバーラップしていておもしろい。でもマリアンヌは映画以上に波瀾万丈な人生を歩んでいるけど。(リアル人生の方が映画よりもドラマチックなんて!)
期間中にレイトショーで『あの胸にもう一度』を上映していましたが、私は都合がつかず観れませんでした。ん〜、残念。
汚れた血
MAUVAIS SANG
愛のない性交渉で感染するウイルスが蔓延しているパリ。アレックス(ドニ・ラヴァン)の父が借金を残し急死する。アレックスは刑務所に服役経験があり、父の仲間からも手先が器用だと知られていた。父の仲間マルク(ミシェル・ピコリ)はアレックスの父の借金を背負うことになり、返済のために製薬会社からワクチンを盗み出し、金に変える計画を立てる。仲間に引き込まれたアレックスは、決行までの緊張の日々の中、マルクの女アンナ(ジュリエット・ビノッシュ)に惹かれていく。
| 鑑賞日:2026年 1月10日 |
| 映画館:ユーロスペース |


40年ほど前。知人が「凄かった」と言っていた作品。そんな話も映画のタイトルも忘れかけていた本作を、幸運にも映画館で見ることができました。
寒々しい空気と、ゆっくりな表現と、ハッピーには終わらない作品に、ああ、フランス映画だな〜と思いました。
20代前半のまだ若いアレックスにはすでに犯罪歴があります。有無を言わせず闇の世界に引き込まれた不運な子です。
犯罪者の血を引くアレックス。犯罪を稼業とする家に生まれ、自らその道を進みます。悲しいかな子供は親を選べない。親ガチャとか負のスパイラルとか不運を一言で言い表す言葉はありますが、そんなにドライで簡単ではありません。渦中の子供たちは可能性を奪われる苦しい生活をしています。

マルクの愛人アンナに心惹かれ愛に目覚め、愛を掴もうとするアレックス。逃げ出そうと外に出て全力疾走するアレックスとバックに流れるデヴィッド・ボウイの歌に若者のエネルギーを見ました。もっと年相応の時間を送りたかったはず。愛に溺れる時間も過ごしたかったはずです。
アンナも親ほどの歳の男の情婦となり、寄り添っています。飛行機のように腕を広げ滑走路を走るラストシーンは、30歳という年齢設定ではありますが、しがらみから自由になりたいと言っているようでした。
製薬会社に忍び込むシーンで分析器具のお粗末さに応用化学科出身の私はちょっと笑ってしまいました。女性は非常に美しく撮影しているなと思いました。(ジュリエット・ビノッシュは10代かな?)金を取り立てる”アメリカ女”は貫禄がありましたが。
世にも怪奇な物語
Histoires Extraordinaires
第1話〈黒馬の哭く館・Wetzengerstein〉 資産家のフレデリカ(ジェーン・フォンダ)は自分の思い通りにならないと気が済まない野蛮で傲慢な女。命までも狙いかねないフレデリカの側近には逆らう者がいなかった。フレデリカを軽蔑している男爵のウィルヘルム(ピーター・フォンダ)に助けられたことから恋心を抱くフレデリカ。食事に誘うも断られ、その腹いせにウェルヘルムの馬小屋に火を放つ。ウェルヘルムは馬を救おうとして命を落とす。事実を知ったフレデリカは虚無感に襲われる。
第2話〈影を殺した男・William Wilson〉 寄宿学生の頃から問題児のウィルソン(アラン・ドロン)は人を傷つけることを楽しんでいた。しかし、突如自分と同姓同名の男が現れ、ウィルソンが傷つける人を助ける。ウィルソンが医学生になった時も、イカサマのカードゲームで女(ブリジット・バルドー)を負かし鞭打っている時もウィルソンが現れる。邪魔ばかりするウィルソンに腹を立て、ウィルソンを刺す。
第3話〈悪魔の首飾り・Toby Dammit〉 俳優のトビー・ダミット(テレンス・スタンプ)は優れた役者だったが、酒とドラッグで非常識な行動をとっていた。そんなトビーにイタリアの映画界から声がかかる。乗り気ではなかったがフェラーリがもらえるとのことでイタリアへ行く。トビーは彼を絶賛する人々から逃げ出すようにフェラーリに乗り込み、爆速で田舎道を走り回る。
| 鑑賞日:1986年12月 5日 |
| 映画館:高田馬場 東映パラス |
エドガー・アラン・ポー原作のオムニバス作品。第1話の監督はロジェ・ヴァデム。第2話の監督はルイ・マル。第3話の監督はフェデリコ・フェリーニ。
【当時の鑑賞日記】
3つの話からなってるんだけどイマイチでした。第3話は意味がちっともわからなかった。
ジェーン・フォンダは可愛かった。
ドロンの子役の子はドロンにそっくりでびっくりしてしまった。
原作がエドガー・アラン・ポーだったなんて当時は知りませんでした。なぜかヴィスコンティ監督の『白夜』と2本立だったようで、そちらが目的だったのでしょう。
ヨランダと泥棒
Yolanda and the Thief
最果ての国、パトリア。成人になったヨランダ(ルシル・ブレマー)は修道院から家に戻る。ヨランダの家は巨万の財産を有していた。ヨランダは家督を継ぐことに怯え、悩み、天使に不安を打ち明けていた。
二人の詐欺師ジョニー(フレッド・アステア)と相棒は、アメリカとパトリア間に犯罪者引き渡しの条約がないことからパトリアに潜伏していた。ヨランダに目をつけたジョニーは、自分はヨランダの保護天使の化身であると信用させ、証券と委任状をまんまと騙し取る。しかし、ジョニーの動きを逐一見ている男がいた。
| 鑑賞日:2025年12月24日 |
| 映画館:シネマヴェーラ渋谷 |
興行的に大コケし、アステアが引退を考えたという作品。そんな問題作なら是非とも見なくてはっ!

確かに前半のダルダル感は否めません。ジョニーの夢の中の踊りが謎です。背景も含め、よくわからない。芸術? シュールレアリズム?(『白い恐怖』の夢の中、ダリは面白かったけど)

そして、保護天使を信じる純粋な少女を演じるにはルシル・ブレマーは大人の落ち着きを見せていてしっくりこない。(キャスティングミスか?)可愛らしい子をキャスティングしていたらまた雰囲気が違っていたと思います。
お話はファンタジーで可愛らしいものでした。でも正直言ってアステアじゃなくてもよかったのでは? もったいないです。